先輩起業家・経営者インタビュー

音楽を通じた「場づくり」で介護の世界を変える

プロフィール

柴田 萌/株式会社リリムジカ創業者・現取締役/EIP11期生
2008年昭和音楽大学音楽療法コース卒業。日々音楽療法セッションの現場にて、認知症の方々と音楽を共にする。 日本音楽療法学会認定音楽療法士/ヤマハエレクトーン演奏グレード5級/ヤマハ指導グレード5級/ヘルパー2級

 

高校時代に「音楽療法」と出会い、音大卒業と同時に創業した柴田さんに、事業化が極めて難しい福祉や介護の世界で苦労しながら音楽を仕事にしていく過程、そして、音楽を通じた「場づくり」で介護の世界を幸せなものにしていくという揺るぎない想いを伺いました。

お世話になっていた先生に「柴田は音楽の話をしている時が一番楽しそう」と言われて、「あ、そうなのかな?」と思ったら気持ちが一気に傾いてしまいました。
最初は理系大学を目指していたそうですが、どのような経緯で音楽療法の道に方向転換したのですか?

高校3年の5月までは理系大学を目指して受験勉強をしていました。たまたま母が音楽療法という言葉をどこからか仕入れてきて、「そういうのがあるらしいよ」という会話を、夕食を作る時の雑談でしたのがきっかけでした。母は音楽療法という仕事に大変興味を持っていて、「私が若かったら私がチャレンジしてみたいくらいだ」と話をしていました。その言葉がすごく気になって、母が買ってきた入門書のような本を読みました。演奏家や学校の先生、音楽教室の先生など、教える仕事以外に音楽を仕事にするすべがあるということ、しかもそれが演奏する側と聴く側、教える側と教えられる側に分かれるのではなくて、音楽に参加する側と提供する側が対等であることに驚きました。その時点では音楽療法の道を目指そうとまでは思っていなかったのですが、これは面白い話を聞いたなと思って、友人や高校の先生にその話をしました。そうしたら、お世話になっていた先生が「柴田はその話している時が一番楽しそう」と言うのです。「あ、そうなのかな?」と思ったら気持ちが一気に傾いてしまいました。母に反対されることを覚悟して「音大に行きたいって言ったらどうする?」という話をしたら、即答で「いいんじゃない?」と言われてしまって、じゃあ行こう、と決めたのが経緯ですね。

大学に入ってからは、ずっと音楽療法を仕事にしようと思っていたのですか?

2年目までは座学やシミュレーションが主な授業になるので、あまり実感が湧きませんでした。それに、先生から看取りの瞬間に立ち会った話など、「癒し」「楽しい」といった綺麗ごとだけではない現実を教え込まれるので、「大変なところに来てしまったな」と感じたクラスメートも少なくなかったと思います。私自身もそうで、非常に興味深いという気持ちは変わらないけれど、これを仕事にできるかどうかは疑問に思っていました。3年目になると実習が始まって、そこでまた気持ちがガラッと変わりました。3年目の実習は「高齢者」「精神科」「障がい児」の3つの領域を一通り網羅して学びます。高齢者や精神科は、施設や病院に出向いて実習を行います。障がいのあるお子さんの場合は、大学が持っている専用の部屋まで親御さんと一緒に来てもらい、そこで実習を行います。その時に担当したお子さんが小学校2年生の男の子なのですけど、自閉症のお子さんで、何をどこからコミュニケーションをしたらいいのか分からず胃が痛い日々を過ごしていました。私が動く、そして意志を持っている人間だということ自体がもしかしたら認識されていないのではないか。太鼓を鳴らすなど色々なアプローチをするのですが、果たして届いているのかということも全く分からなくて辛かったのです。しかし、ある時先生がピアノを弾いて止めた時、担当した子がはっと振り返った瞬間を見て、「この子は音を聞いている!」と感じました。あきらめずに、つかず離れずの距離を意識しながら関わるうちに少しずつコミュニケーションが取れるようになりました。全7回の実習の最終回、「この子と仲良くなれた!」とはっきり感じる出来事がありました。音楽療法の中に、お子さんがトランポリンを跳んでその音に合わせて先生がピアノをつける、感覚統合と呼ばれる活動があります。その時に彼は私の手を引っ張り、「一緒に飛ぼうよ」という表情でこちらを見るのです。彼が私を人として、また一緒に遊びたい相手として認識してくれたということに鳥肌が立つほどの感動をおぼえました。この世界は面白くて、やっぱりこれを何らかの形で仕事にしたいなと思いました。

4年生の夏からインターンシップに参加されたわけですが、ETIC.に出会ったきっかけを教えてください。

初めてETIC.のことを知ったのは4年生の3月ごろだったと思います。教育に興味のあった母がたまたまフローレンスの存在を知って、ホームページを見ていたら、端に「インターン募集」という文字が載っていました。その頃すでに会社をつくるというのもいいかなと考え始めていたので、「会社をつくるのだったらこういうのも経験したら?」という母のアドバイスもありフローレンスにコンタクトを取りました。担当者から「フローレンスのインターンはETIC.を通して行っているので、まずはETIC.に連絡してみてください」と教えてもらったのがきっかけです。

「よく起業したね」と言われることが多いのですが、私自身はそのようには思っていなくて、単純に「やる人がいない、じゃあやるか」、「会社がない、じゃあつくろうか」という想いでした。

音楽を仕事にしたいという気持ちが、会社を起こすことに繋がったことの背景には何があったのでしょうか?

仕事にしたいと思うきっかけとなったお子さんの実習があってから、仕事にするにはどのような方法があるかな、と考え始めました。先輩や先生、世間の声を聴くと、いくつかの働き方があることがわかりました。施設の常勤音楽療法士、施設の非常勤音楽療法士の掛け持ち、他の仕事と音楽療法士の掛け持ちなどです。常勤音楽療法士は求人数が少なく、非常勤掛け持ちは収入が安定しないと感じました。別の方法はないのかなと思った時、音楽療法関係の人を束ねて、あなたはあちら、あなたはこちらと派遣する組織や会社があったらいいのに、と思ったのです。そういうところがあれば入りたいな、と母と話をしていた時に、母がまた一声「無いのならつくれば?」と。私の答えは「あ、そうだね」でした。それは自分がつくらなければならないといった使命感というよりは、この状況がもったいないと思う気持ちでした。私たちが学んだことは必ず社会の役に立てるはず、という想いもありました。よく起業したね、と言われることが多いのですが、私自身はそのようには思っていなくて、単純に「やる人がいない、じゃあやるか」、「会社がない、じゃあつくろうか」という想いでした。

起業に向けて、インターンをすることに決めたと伺ったのですが、インターン先はどのように決めたのですか?

大学4年生の6月に開催されたETIC.のインターンシップフェア(http://fair.etic.jp)に参加しました。ほぼ8割がたフローレンスでインターンをすることを決めていたのですが、「念のため他も見たら?」と言われて出会ったのが、介護・医療分野に特化して人材紹介サービスをしているインターン先でした。気になった理由が2つあり、1つはご高齢者が音楽療法の対象の一つであること、もう1つは会社をつくるのであれば、音大生にとって遠い存在であるビジネスの要素が強いところに行った方が勉強になるのではないかと思ったことがありました。「興味があるなら話を聴きに行った方がいい」と言われて、オフィスに伺い社長と1時間ぐらい話しました。後日連絡をして面接を組んでいただこうと思ったところ、「ああ、もう柴田さんの話十分聞いたからいいよ!」と社長から言われて。教育実習が終わった後の、4年生の10月から始めることになりました。

インターンではどのような仕事をされていたのですか?

営業の仕事をしていました。はじめは一日50件くらいテレアポをします。例えば、「経験が5年の38歳の女性ケアマネージャーさんがいらっしゃるのですが、求人はありませんか?」と。求人ありますと言われたら、「こういう条件の方なのですが、面接をお願いできませんか?」と。ひたすら新規開拓のテレアポをして、アポが取れたら社員さんと一緒に営業同行します。知らない世界だったので最初は胃が痛かったです。ビジネス色の世界に自分がいることに違和感があったのですが、周りの人たちは皆活気がありましたし、優しかったですし、温かったですし、環境はとても良かったと思います。インターンで主に学べたのは、電話の出方、名刺の渡し方などのビジネスマナーや、お客様とのコミュニケーションの取り方、ビジネスのスピード感、医療・介護業界で働く人の収入や転職事情、社員さんとの連携の仕方など。介護分野で転職したい人がどういう人柄で、どういうところで働きたいかということを正確に理解し、施設にご紹介するという仕事なので、社内の情報共有がものすごく緻密であるところに刺激を受けました。社内の雰囲気も、私たちみたいにインターン生もいる中で、みんなでやるぞという空気が熱く感じられる会社だったので、「こういう組織になると強いんだな」という、自分が会社を興したときの理想像みたいなものも見えました。

一方で、インターン以外のことも忙しくて思ったほどコミットできなかったことを後悔しています。時間が週2・3日しか取れず、私より仕事ができて時間も取れるインターン生がどんどん仕事をやっていくのを見て、自分が一番仕事できていないとか、気持ちもコミットしきれていないと実感することが辛かったです。終わり2か月ぐらいの時に社長に泣きついたこともありました。やるのであれば、時間も力ももっと費やしてやるべきだったと思っています。

起業することは、インターン中も意識していたのですか?

遅かれ早かれ起業したいと思っており、「なぜインターンをするの?」との質問に「起業のための修業です」と答えていました。ただインターンを始めた時点では、大学卒業すぐではなく、形として近いと考えていた人材派遣業の仕事を1〜3年ぐらい学んでから自分でつくっても遅くはないかな、と思っていました。しかしそこで社長が背中を押してくれて。「会社をつくるって口でいう人はいっぱいいるけど、本当にやる人って少ないよね。で、柴田さんはいつやるの?」と言ってくるのです。「じゃあ4月にやります!」と宣言し、卒業後すぐ起業することになりました。

ETIC.を最大限に活用されて起業されたイメージがあるのですが、具体的に起業に至るまでの経緯はどのようなものだったのですか?

インターンが始まる直前の時期に、ETIC.が開催していた、ベンチャーキャピタリストの杉浦さんが講師を務めている起業のための講座に参加しました。そこで隣の席に座っていたのが、後に共同経営者になる管でした。全4回で事業計画を練って、ベンチャーキャピタルの前でその事業アイデアを発表しようという講座だったのですが、頭のきれる男子学生ばかりが参加していたので、「場違いなところに来たかな」と思いながら参加していました。講座の中で「音楽療法の会社をつくりたい」との気持ちを必死に話していたら、それを見ていた管が「この人、骨がありそうだな」と思ってくれたようです。2回目の講座が終わった後、渋谷のマクドナルドで管と話しました。どういうことをしたいのか詳しく話し、その講座の最終回で行うプレゼンを一緒にやろうという話になりました。音楽療法という珍しいものに興味を持って一緒にやろうと名乗り出てくれる人がいることは非常に有難かったです。杉浦さんの講座でのプレゼンが終わったあとは、ETIC.インターン卒業生でワーク・ライフバランス社代表の小室さんのプレゼン講座にも管と共に参加し、その後起業に向けて一緒に動き出すことになりました。登記までの準備期間は半年ほどでした。その間、ETIC.フェローの広石さんのワークショップや、ETIC.の事業相談会にも行っていて、本当にETIC.漬けの毎日を送っていました。

当時は、障がいのあるお子さんに対して音楽療法を実施したい人と、そのようなニーズをお持ちのご家庭や団体・施設をつなぐマッチングをすることを考えて準備をしていました。とりあえず2008年4月1日に会社をつくろうということだけは決めていたので、書類などはそれに合わせて自分で作成し、法務局に出しに行きました。しかし具体的に何をやりたいかは、その時点でははっきり決まっていなかったのが正直なところです。初めていただいた仕事は、障がい児・障がい者の日中一時支援を行うNPOさんでの仕事でした。年齢も障がいも様々な方が集まる場で、「みんなで何かを一緒にできる時間を作ってほしい」とのご要望をいただき、月に1回音楽の場をやらせて頂けることになりました。療法というよりも、月に1回音楽で楽しめる場をつくろうという趣旨でした。

月商は1万5千円でした。
その後事業は軌道に乗ったのですか?

全然です。月1回行って、1回の売り上げが1万5千円なので、月商が1万5千円でした。実家からの仕送りとインターン先に出戻りしてアルバイトした収入で食いつないでいました。お客様を増やすのに何をすべきかよく分からず、その状態がしばらく続いていました。2008年9月からは、ETIC.が主催するNEC社会起業塾に参加。そこで塾長の川北さんに詰められたことが印象に残っています。川北さんからは「君たちの仕事は、音楽療法士を幸せにする仕事なのか、障がいのあるお子さんを幸せにするのか、優先順位は?」と言われ、「優先順位なんてありません、どちらも。」「君たちは音楽療法士残酷物語を語りたいのか?」というやり取りをしました。音楽療法士が出発点だったので、音楽療法が仕事になって欲しいという気持ちがどうしてもあったのですが、川北さんに言われて何も言い返せませんでした。

少しずつ事業を拡大されてきていますが、利用者はどのように増えていったのですか?

川北さんに言葉をいただき「どうしよう?」となった時、管が「改めて音楽療法を受ける可能性がある人たちに話を聴くのはどうか」と言い出し、インタビューをしました。そのインタビューを通してわかったことが沢山ありました。例えば介護施設では、食事・入浴・排泄の3つが三大介護と呼ばれるのですが、本当はもっと先の、一人一人の話を聞いて差し上げることや、一人一人のやりたいこと、好きなことをできる環境をつくることなどが求められている。そして職員さんもそこまで手を伸ばしたいと思いつつも、人手に限りがある中でできないとか、現状のレクリエーションもネタがなくなって困っているとか、そういう悩みを抱えていらっしゃることが少しずつ分かってきました。「じゃあそれを解消できるようなサービスを提供しよう」と思考が少しずつ切り替わってきました。

そして、管がインタビューに伺った先で音楽療法そのものに興味を持ってくださった施設がありました。そこはグループホームと特別養護老人ホーム(特養)を併設していて、特養では音楽をやっていたものの、グループホームではそのような場がないとのことでした。「思いっきり声を出したり、笑ったりする瞬間があると良いと考えている」と管理者の方からお話を伺い、「試しにセッション(=実際に歌ったり楽器に触れたりする音楽の時間のこと)をやってみますか?」という話になりました。やってみると好評で、継続しようということになったのですが、そこには壁がありました。予算のことです。「ぜひ取り入れたいとは思うが、施設からお金を出すのは現実的に難しい」と。すると、今の施設長をされている方が「特養ではフットマッサージを希望制で行い、利用された方からお金をいただく形式でやっています。音楽療法もそのスタイルでどうでしょうか?」と提案して下さいました。それなら施設の予算を使わずにできるし、希望されない方に無理矢理ご参加を押しつけることもなくて良いという話になり、自費でご参加いただくスタイルの原型がそこでできあがりました。

そこからまた半年ぐらい、サービス提供先は増えませんでした。次に導入してくださる施設に出会えたのは、そのグループホームが参加していたグループホーム同士の連絡会がきっかけでした。年に1回、市内の全てのグループホームが集まって、お互いのグループホームの様子を発表しあう場があり、その場で音楽療法の発表をする機会を頂きました。認知症の方は色々なことができない、分からないというネガティブなイメージを持たれがちですが、そうではなくてこんなにも音楽を楽しめる、こんなにもできることはたくさんある、こんなにも豊かな感性をもっている、ということをぜひ伝えたいというお話でした。そこで私から「みなさんで会場に行って、トーンチャイム(=セッションで使用するハンドベルに似た楽器)をやりませんか」と提案しました。利用者様を見せ物にするのでなく、客席の方々と一緒に音楽を楽しみたいと考え、舞台にいる利用者様がトーンチャイムを演奏し、客席のみなさんには歌を歌っていただくことにしました。すると、それをご覧になった市内の他のグループホームの方が「あれいいね!」と言ってくださり、導入に繋がりました。その後も順調とはいえないもの、介護関係の知り合いが増えてくることで、少しずつ件数を増やしていきました。気づけば契約先は介護施設がほとんどで、当初は全く想定していませんでしたが、後々リリムジカのサービスは介護現場での音楽に特化していこうと決めました。

不安や葛藤はなかったのですか?

ありました。就職した同世代の友人からは「ボーナス」「給料」という単語が聞こえてくる中、「自分は本当に食べられるようになるのだろうか?」と思っていました。私が言い出した会社ですから、当然代表になったわけですが「代表って何だろう?」「経営者って何だろう?」と考えると荷が重かったです。あれもこれも自分ができなければいけないという感覚に襲われ、潰れかけた時がありました。1年目の冬ぐらいが一番つらかったですね。

他の仕事に移ることなどは考えなかったのですか?

それはありませんでした。音楽療法を学んだ人たちがもっと世の中に役立つための手段を作ろうとせっかく思い立ったので、「何かしら形になるまではやめられないな」と。音楽療法士として経験の浅い私を受け入れてくださった施設、お金を払ってサービスを受けてくださるご参加者、応援してくださる介護関係者の方々などから沢山のことを教わり、その方たちに対する責任も感じていました。

柴田さんが感じておられた問題意識について、もう少し詳しく教えてください。

音楽療法は専門でやることに意義があると考えていたので、専門でできないのはもったいないなと思っていました。例えば、高齢者の領域で言うと、今80代・90歳代の方がご存知の歌はたくさんあります。昔は娯楽が少なく、みなさんが同じ歌を聴いて育ち、同じ歌を聴いて青春を過ごされていた。多くの方が共通して歌える曲は、何百曲とあります。その曲を探してきて、歌詞を用意して、伴奏を用意することは、今の介護施設の人員体制では難しいと思っています。有名な歌を中心に歌うことはできますし、歌詞を用意してやっておられるところもたくさんあります。それは素晴らしい取組みなのですが、他にもこんな歌もあったよねとか、広さ、奥深さみたいなものは専門にやれる人がいた方が絶対強い、と感じていました。

その一方、音楽療法が仕事になりづらいことの背景には、「音楽療法士側の歩み寄りが足りない」というケースもあると思っています。「音楽療法はこういうものです、だから取り入れて理解してください」というのでは伝わるものも伝わりません。音楽療法という名前へのこだわりや、音楽療法士側のプライドよりも、「セッションは何分やるのがいいですか?」、「認知症の方々とはどのように関わると良いですか?」、「職員の方々に○○をお願いすることはできますか?」、「振り返りの時間を頂きたいのですが、業務上支障はありませんか?」と、現場の皆様に寄り添ったり対話したりしながら、専門の人がやれるのが一番なのではないかと思っています。

リリムジカさん、それは多分、音楽療法ではなくて、『場づくり』をしているんだよ。
2012年に入って「音楽療法」という言葉を「ミュージックファシリテーション」に変更されますが、その背景にはどのような思いがあったのでしょうか?

「療法」という言葉は、悪いところを良くするという言葉ですよね。対象とする方の治療的効果を成果として求めるわけです。一方で私たちが本当にやりたいことって、例えば、認知症の長谷川式スケールの点数が上がって良かったね、ということよりも、その人の毎日の生活が、少しでもその人にとって過ごしやすいものになるとか、認知症が進行してしまったらダメなのではなくて、認知症があってもそれと上手く付き合って穏やかに暮らしていけるとか、そうした環境をご本人だけでなくて、ご家族や施設の職員の方々と一緒に整えていくことではないかと思うんです。セッションでは、私たちが進行はするものの、皆さんが自然と声を出し、体を動かし、楽器に触れて、その中でそれぞれが言いたいことを表現したり、自分の思う形で楽しんだりする。それをご覧になった施設の職員さんやご家族が、「○○さんはこんな事もお出来になるんだ!」「お母さん、あの事覚えていたのね」などと新しい発見をし、明日からの介護にモチベーションを感じる。どんなセッションにしたいか共に考えることを通して、セッションがない日も「こうやって関わってみたらどうかな」と創意工夫をする。介護の世界全体が明るくなり、介護にまだ関係のない若い世代の人たちにとっても、介護施設って暗くて怖いところかな、というのではなくて、介護が必要になっても自分らしい生活が送れる未来を描ける。そんな社会にしたいと思っています。そう考えると、治療効果をメインに捉えている「療法」という言葉に違和感を感じるようになりました。ある時、そのような話をしていたら、外部の方に、「リリムジカさん、それは多分、音楽療法ではなくて、場づくりしているんだよ」と言われました。「場づくり」という言葉が私と管の中でしっくりときて、名前を変えてみる?という話に。音楽を使った場づくりなので、「ミュージックファシリテーション」、セッションを提供する人間のことは「ミュージックファシリテーター」と呼ぶことにしました。でも、この言葉自体を強く広めていきたいという気持ちはあまりなく、「場づくりという考えでやっています」という私たちの意思表示ができれば良いと考えています。介護業界の方々からは「確かに療法というと堅苦しいイメージを持ちがちだった」「リリムジカのやっていることにしっくりくる」といった声をいただきました。音楽の時間を「セッション」と呼ぶことは変えていません。

セッションは具体的にどのようなことをされているのですか?

セッションは各現場で月2回行っていて、前日までにこんな歌をやりますよ、こんな楽器をお渡しして進めます、というプログラム案を用意します。当日は基本的にそれに沿って進めますが、ご参加者主体であることと双方向のやりとりを大切にしているので、ご参加者の発信で流れが変わったり、用意していたプログラムをあえてカットしたり、逆に予定していなかった歌を歌ったりすることもよくあります。そしてセッションが終わった後は、セッションに同席された職員さんと15〜30分くらいでセッションの振り返りをします。今日はこのような曲をやった、この方はこんな発言をされていた、もっとこのような配慮ができればよかったといった内容に加え、ご参加者の普段のご様子や、職員さんのお考えについても細かく情報共有をして、次にどんなことを試すか決めます。

セッションはファシリテーターが一人で行うのではなく、施設の職員さんに協力していただき行います。例えば、歌詞のどこを見ているのか途中でわからなくなってしまわれる方がいれば歌詞指しをお願いし、筋力の弱い方がいれば楽器を演奏してもらう際にサポートしていただきます。「この歌詞の意味ってなんだろう?」と職員さん自身が思ったことや感じた事なども自由に発言してもらえるような場が理想です。

施設の職員さんと連携することで、どのようなことが可能になるのですか?

例えば、あるグループホームに、いつも大きな声で歌い、物事をよくご存知で、大変しっかりした89歳の認知症の女性がおられました。その女性は、新しい楽器を演奏する時、この楽器は知らないからうまくできないかもしれない、と思われると演奏を遠慮されてしまう傾向があります。うまくできなかったら恥ずかしいという不安をお持ちなのだと思います。しかしその女性は私を嫌な気分にさせないように「ごめんね、本当はやりたいのだけど、今日はちょっと体調が悪いからできないの」と気をつかって下さいます。「では今日はやめておきましょう」と他の方に楽器を渡して演奏を始めると、少し後にその発言を忘れてしまわれ、「どうして私だけ楽器渡されていないのだろう?」と思う可能性があります。このことを職員さんと私で共有できてからは、最初に聞いてだめと言われても、他の人に配ったあとに残りの楽器を職員さんに渡しておき、「今日はこの曲で楽器をやりましょう」と前奏を弾いている時に職員さんから「この楽器どうですか?」と話しかけてくださるようになりました。そうすると、「何か楽しい曲が始まりそうだから私これやるわ」といった雰囲気で楽器を受け取ってくださる。本当に細かいですが、1人1人の満足を本当に満たすためには連携がかかせず、職員さんの協力なしにはできません。

このような連携を積み重ねることで、セッションの質が上がるだけでなく、職員さんの普段のケアの幅も広がります。毎日介護の仕事をしていると、誰しもケアに行き詰まるときがあります。認知症の進んだ利用者様、思うように反応がない。介護度が重くなられた利用者様、このまま寝たきりになっていくだけだろうか。だんだんとモチベーションも下がってくる。利用者様への関わりが減り、さらに反応が薄くなっていく・・・。そんなとき、音楽の時間をとおして利用者様の新たな一面を見たり、ファシリテーターと一緒に何ができるか考えたりする。少しずつ「こうしたケアもやってみよう」と思い、利用者様への関わりが増える。反応があり、モチベーションが上がる。さらに創意工夫するようになる。介護現場をさらに良くしていくために、このサイクルが大切と考えています。

職員さん主体で、セッション以外の音楽の時間を増やされる場合もあります。たとえば、以前大正琴という楽器を弾いていた認知症の利用者様が「もうできないわよ」とおっしゃっているのを見て、職員さんが毎日5分、ご本人と一緒に大正琴を練習されたことがありました。私はご本人のお好きな曲を数曲、大正琴用の楽譜におこしてお渡しし、セッションでも大正琴を弾く時間を設けました。するとその方は半年ほどでしっかりとした手つきで演奏できるようになり、同じ法人が運営する他のホームに出張演奏されるようになりました。何十年も前にピアノを習っていた職員さんが、勤務明けにキーボードを持ってきて歌の伴奏を練習し、利用者様の前で弾くようになったという例もあります。

年老いても、認知症があっても、心穏やかに人間としての尊厳をもって生きていける社会を作ること。そのきっかけをつくるのが、私たちの仕事だと考えています。

今後のビジョンを教えてください。

年老いても、認知症があっても、心穏やかに人間としての尊厳をもって生きていける社会を作ること。そのきっかけをつくるのが、私たちの仕事だと考えています。音楽や音楽療法勉強し、それを介護福祉の世界に活かしたい、仕事にしたいと考えている人は世の中にたくさんいるはずです。そのような方々にファシリテーターになっていただき、少しでも多くの現場にサービスをお届けしたいと考えています。また最近は、施設の職員さんたちがご自身で音楽をつかったレクリエーションを行うときの悩みをお聞きする機会が増えてきました。そうした職員さん向けの研修や、CDなどのツールを作ることにも積極的に取り組みたいと思っています。

最後に、ETIC.のインターンシップを知らない学生にその特徴を教えてください。

私のインターン先の社長からは、「とりあえず動く」ことを学びました。社員さんがやりたいと提案したことに(一見簡単に)「やっていいよ」と答えておられたので、なぜなのか尋ねたのですが、「最悪のリスクを考えて、これくらいのリスクなら大丈夫と判断したのなら、後はやらない意味がないよ」とおっしゃっていて、その通りだと思いました。ETIC.のインターンシップの特徴は、チャレンジをさせてくれること、そして自分が何をしたいのかはっきりさせてくれることです。時に「何がしたいの?」と詰め寄られることも含め、自分の人生や未来に真剣に寄り添ってくれる場はそう多くありません。それが他にはない、ETIC.の強みだと思います。

(2012年8月取材)

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